多くの農家は、家業として始まっている
私たちもそうだった。
祖父から親へ、親から子へ。
土地と仕事が引き継がれ、家族が中心となって回してきた。
それ自体は、決して悪いことではない。
むしろ、日本の農業は、その形によって支えられてきた。
だが、これから先を考えたとき、家業のままでは、市場相場の変動や、ルールの固定化に振り回され続け、経営が不安定になると感じた。
このままでは、続けられなくなる。
それが、家業から企業へ変わろうと思った、最初のきっかけだった。
家業の経営は、暗黙の了解で成り立つ。
分かっているだろう。
これくらいは、やって当然だ。
家族なんだから。
だが、その分、喧嘩も絶えなかった。
だから人を増やし、規模を広げ、他人と一緒にやろうと考えた。
しかし、それは想像以上に大変だった。
家族の延長では、まったく通用しない。
言わなくても分かる、は存在しない。
やって当然、も存在しない。
役割は、言葉にしなければ伝わらない。
責任は、仕組みにしなければ残らない。
企業になるというのは、法人化することでも、従業員を増やすことでもない。
「人に頼らずに、仕組みで回る部分を増やす」という覚悟を持つことだ。
そこには、時間も、お金も、相応に投じる必要がある。
社長がいなくても、今日の作業が進むか。
社長の判断基準が、どこまで現場に浸透しているか。
そこが、分かれ目になる。
企業へ変わるとき、一番きついのは、社長自身である。
自分が現場で一番頑張る。
自分が一番分かっている。
自分が大切だと思うことを、一人で抱え込む。
その状態を、手放さなければならない。
指示を出す側から、判断を整える側へ。
作業を回す人から、仕組みを残す人へ。
ここを越えられない限り、事業は、自分の代で終わる。
逆に言えば、この壁を越えたとき、初めて「つなげられる経営」になる。
農業は、自然という不確実性を抱えている。
だからこそ、人の勘や根性だけに頼る経営は、いずれ限界を迎える。
数字、役割、判断基準。
それらを、人から切り離して残せるか。
家業から企業へ変わる瞬間とは、経営者が、「自分がいなくなった後」を、本気で考え始めたときである。
※この文章は、私自身の過去の経験をもとに、
農業経営を続ける中で考えてきたことを整理したものです。
家業から企業へ発展させる過程で大切だったことをまとめています。
