農業の現実は、
これから先の日本の小規模事業の未来を、すでに先取りしている。
平均年齢は70歳前後。
現場を支えてきた世代が一斉に引退期を迎え、
一方で、次を担う人材は決定的に足りていない。
その最大の要因は、
農業が「簡単に儲かる仕事ではなくなった」ことにある。
天候、土地、作物。
価格、人、制度。
これらすべてを同時に引き受け、
日々、判断し続けることが、
いまの農業経営の前提になった。
かつてのように、
腕が良ければ成り立つ。
家族だけで何とかなる。
そんな時代は、すでに終わっている。
今は、
作るだけでは足りない。
売るだけでも足りない。
守るだけでも、足りない。
置かれた環境を理解し、
天候の変化を読み、
作物の状態を見極め、
価格に振り回されず、価値を自ら決める。
人と向き合い、
制度と折り合いをつける。
そのすべてを、
誰かのせいにせず、
自分の判断として引き受けられるかどうか。
そこが、
分かれ目になる。
その結果として、
農業に残る人は、限られていく。
それは、
人生の勝ち負けを決める話ではない。
人としての価値を測る話でもない。
経営という役割を、
引き受け続けるのか。
それとも、
別の役割を選び直すのか。
ただ、その選択の違いである。
続けることも、
やめることも、
どちらも責任を伴う判断だ。
逃げずに現実を見て、
誤魔化さずに数字と向き合い、
人と向き合い、
その結果に、責任を持つ。
その覚悟を、
持てるかどうか。
農業に残る人とは、
特別な才能を持った人ではない。
日々の現実を、
判断として引き受け、
結果から逃げずに積み重ねていける人である。
そして、
家業で終えるのか。
次へつなぐのか。
あるいは、百年先を見据えるのか。
その選択に、
農業経営者の器が現れる。
続ける意味は、
事業をつなぐことだけではない。
自分が始め、引き受けた意味を考え続けることに、
やりがいを見出すことである。
